震災...

3/11、当初からこの日から3日間、出かける予定でいた。
朝からクルーズが、いつになくウルサく、例の如く「ウルサーイ」と叫んでも一向に黙らない。
あーやだやだと思いながら、車に乗り目的地の栃木県に向かいました。

そしてあの未曾有の大激震があったとき、私は東北自動車道の高速の上にいました。
母が運転、私は助手席、デデは後部座席、クルーズはバリケンで。

母が車が何だか変だと言い始め、
「風で流されてるんじゃないの?窓開けてみれば?」
というと、
「ハンドルが取られてるとか、浮いちゃってるとかではないの。でも変なのよ」
と言っていた。

数秒間グワングワンと∞を描く走行になったけれど、すぐに戻ったので
やっぱり風だったのかなぁ、何て呑気に言っていた。

でも周囲の様子は(今考えれば)おかしかった。
横にいる車が次々と徐行して停車する。

ん?高速の下で何かあったのかな?とまだ呑気に。
ラジオを付けると、地震の事を報じていた。
こんな時、テレビだったら視覚的な情報も取り入れて事の大きさを
理解出来たであろうに、ラジオなので、「東北の方で地震があった」という事しか
認識できなかった。

結局そのまま栃木県に入り、目的地に着いたところで大震災であった事を知らされた。

諸々、気になる事だらけなので、状況把握もソコソコにユーターンで帰路に。
なんと、普段1時間半の栃木⇒東京間が、この日は丸々12時間かかった。
行きを含めると約14時間。

途中、僅か20分程度のトイレ休憩だけで、東京にトンボ帰りしてきた。

帰宅途中、嫌というほど地震の大きさをラジオで聞かされた。
うちのごぼうちゃんは大丈夫だろうか?
皆は大丈夫だろうか?
家はどうなってるんだろうか?
倉庫は?
事務所は?
・・・・・・・・

携帯電話がデータ通信をするのでイーモバだったのが良かったのか、
社長と私の間で電話が繋がらないことは一度も無かった。
メールも普通に受信できていた。

家に着いたのは、午前4時だった。
さすがに14時間のドライブで事の大きさを把握してきていたので、
相当な覚悟を持って家に入ったのだけど、驚いたことに、我が家は物が動いた形跡が
ほぼ全く無かった。

飾ってあった人形が倒れていたこと、液体洗剤のボトルが洗濯機の上から
落下していたこと、それ以外は出かけた時のままだった。
もちろん、ごぼうも何て事無い顔をしていた。

そのまま寝る以外は出来ないほど疲労していて、まだ誰も確認しに行っていない
倉庫へは翌日行くことになった。

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このページは、ごぼう@リンキンフェローズが2011年3月11日 15:18に書いたブログ記事です。

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